コロナ禍で見直される「紙の本」の価値 - 読書は心の居場所さがしの先導者

コロナ禍で読書ニーズが増加

長い「おうち時間」が影響

コロナ禍で改めて価値が見直されているモノ。それが「」です。

外出自粛で「おうち時間」が長くなる中、自宅時間の過ごし方の定番でもある「読書」をする人が増えているようです。私の周りでも、「最近よく本を読むようになった」「通勤の際にスマホでなく本を読む人を見かけるようになった」との声が多くなりました。コロナ本で最も売れたとみられるカミュの「ペスト」は、20年2月中旬に4千部が増刷され、さらに1万部の増刷も予定されているそうです。

私自身、コロナ禍はここ数年で一番読書をする期間になっています。といっても依頼を受けた書評の本を含めても月4、5冊程度ですが、生活の中で読書が占める割合は確実に高まっています。

20年の出版販売額は増加

下のグラフにあるように、2020年の紙と電子版を合わせた出版市場(販売額)は19年比で5%増加しています。前年を上回るのは2年連続。「読書離れ」「出版不況」と言われた出版市場もようやく底打ち感が出てきました。

20年の販売額をけん引したのが電子出版(前年比28%増)です。人気漫画「鬼滅の刃」のヒットもあり、電子コミックが32%増の3,420億円となっています。

電子コミックがけん引する出版市場

「紙」の書籍に復活の兆し

紙書籍の購入割合が反転上昇

今の出版市場をけん引しているのは電子出版ですが、注目すべきは「」の書籍が復活の兆しをみせている点です。

下のグラフは家計の紙書籍の支出金額と購入頻度を時系列でみたものです。読書離れを象徴するように紙書籍の支出金額と購入頻度はは右肩下がりで落ち込んでいました。しかし2019年頃から大きな変化が起きており、支出金額と購入割合ともに反転上昇しているのがわかるでしょう。支出金額は2021年に入ってからも増加しているのです。

紙雑誌は相変わらず低迷状態が続いていますので、この結果は明らかに「紙」書籍の復活を示唆するものと言えます。

紙書籍の1世帯当たり月次支出金額と月次購入頻度の推移

本を読まなかった若者に変化

紙書籍を購入する人が増えている。では誰が購入を増やしているのでしょう。

若者の読書離れが指摘されて久しいですが、コロナ禍はその定説を覆す現象が起きています。

年齢別に紙書籍の支出変化をみると、テレワークなどで「おうち時間」が増えた勤労世帯が本の購入を増やしているようです。

中でも本の購入を増やしているのは「読書離れ」と揶揄されてきた29歳以下の若年世代です。若者世代の読書人気を受け、KADOKAWAが運営するライトノベルのサイト「キミラノ」では10代の読者を増やしているそうです。

年齢別にみた紙書籍の年間支出額

「心の居場所」を求める人々

このようにコロナ禍を機にプチブームとなりつつある読書ですが、右肩下がりが続いていた読書市場の低迷を食い止めることになるのでしょうか。それとも感染拡大が収まって「おうち時間」が減少すればまた元の低迷状態に戻ってしまうのでしょうか。

外界と内界の関係が逆転

「本の復活」を検証するうえで、なぜ本を読むようになったのかを確認しておく必要があるでしょう。

直感的には「暇になったから」「家にいる時間が増えたから」ですが、単に暇な時間が増えたならテレビやスマホゲームで「時間つぶし」をすればいいでしょう。しかしコロナ禍で増えた支出や時間についてアンケートをすると、ゲームより書籍の購入が上位に来る結果になっているようです。

なぜゲームではなく本なのか。それはコロナ禍で私たちの世界が「外界<内界」に大きくシフトしたことと無関係ではないと思います。

私たちの生活時間(睡眠時間は除く)の7割は「外界」の活動に充てられています。外界の活動は、登校、通勤、仕事、買い物、外食、スポーツなどで、内界は家事や自宅での食事、ネット・テレビ視聴といったところです。私たちの生活は外界を中心に回っていましたが、下の図にあるように、コロナ禍で一気に「外界>内界」から「外界<内界」に変化しました。

外界が縮まり、内界が広がる。内界とは、自宅という物理空間と、自分自身の内側にある「心の居場所」です。コロナ禍でテレワーク、オンライン学習、テイクアウトなど自宅内の活動が一気に増えました。その中で私たちが意識するようになったのが、内界の一番奥深いところにある「心の居場所」ではないでしょうか。

コロナ禍で外界が閉ざされ、代わりに広がった内界で自分と向き合う時間が増えた。その結果、心の居場所を探す旅の必須アイテムとして「本」を手にする人が増えたのだと思うのです。

コロナ禍で逆転する内界と外界

読書は心の居場所探しの先導者

現代人は内界というものに慣れていません。普段は仕事や職場の人間関係にエネルギーを費やしているため、私を含むほとんどの人は自分と向き合って心の居場所を探す余裕などないのではないでしょうか。禅修業に興味を持つ人が多いのも内界に慣れていないことの証左のような気がします。

そうした状態なので、コロナ禍で心の居場所を探す時間が増えたといっても、多くの人はどうしていいかわからず、かえって心がざわついたりして不安になったりするのではないでしょうか。

心がざわついたり余裕がなくなったときは人と会うのが一番なのかもしれません。しかし外出自粛で気の合う人たちと直接会うことは困難ですし、オンラインで会うといっても心が癒されるほどの効果はないように思えます。

そうしたとき、心の居場所を探す先導者になってくれるのが「本」です。読書とは著者の世界を疑似体験することです。疑似体験は読み手の心の内側で起こっていますので、実際には自分の心と対話しているのと同じ効果をもたらしているのだと思います。これはSNSや雑誌などにはない書籍固有のパワーと言えるのではないでしょうか。

「紙」の本が持つ熱量

もう一つ、コロナ禍で本を手にする時間が増えている理由として見逃せないのが「デジタル疲れ」です。オンライン会議、ネットショップ、オンランツアーなど、従来はリアル空間で行っていた活動がデジタル空間に置き換わったことである種のデジタル疲れが起きているような気がします。

人は何かと触れ合わないと生きていけない生き物だと思います。リアル空間での接触を断たれた生活を強いられる中で「本」という物質との接触・質感を人々が求め出している。そう考えることはできないでしょうか。高温の熱処理を経て精製される紙の本には、著者や編集者、デザイナーの人たちのリアルな熱量が込められている。紙の本を手に取る人は無意識にその熱量を感じ取っているのかもしれません。書店の閉店が指摘されて久しいですが、その裏で個性的な書店の開業が増えているのです。書籍以外でも最近話題の「アナログレコードの復活」や「楽器ブーム」も同様の文脈で解釈できます。

本はKindleなど電子書籍でも読むことができます。私も普段は電子書籍で本を読むことが多いのですが、コロナ禍では不思議と紙の本が並ぶ「本棚」に足が向いている自分がいます。

冒頭の書籍支出のグラフは「紙の本」に対する支出で電子書籍は含まれていません。おそらく電子書籍の支出も伸びているのでしょうが、紙の本もこれだけ伸びているというのは、人々がそれだけ物質との接触を求めている証左なのだと感じます。

読書は「心のバロメーター」

  • 心の居場所さがしの先導者
  • 「紙」にリアルな熱量を求める人々

こうしてみると今の読書人気は単におうち時間が増えからとか、暇つぶしになるからといった次元の話ではないような気がしてきます。読書は私たちの「心のバロメーター」と捉えることができると思うのです。

ここに興味深いデータがあります。コロナ禍で自殺者が減ったというデータです。自殺者数は1月から7月までの累計で1万1千人となっており、昨年同時期の1万2千人より7%低下しているのです。

私の周りからは「通勤しなくて楽になった」「嫌な上司と顔を突き合わせなくて楽だ」という声が多く聞こえてきます。外界を中心とする仕事環境がいかに居心地の悪い空間だったのかと改めて考えさせられます。

もちろん職場に行かなくなったことと自殺者の減少に因果関係があるかどうかはきちんとした検証が必要です。ただコロナ禍で外界中心から内界中心の生活空間になったことで、私たちの心が少し軽くなったという事実は否定できないでしょう。

内界中心の生活空間の中で「読書」が果たす役割は決して小さくありません。読書が私たちの心の居場所を探す先導者となり、心を軽くしてくれるからです。まさに心のバロメーターです。

コロナ禍は「本」というものの本質を浮かび上がらせたような気がします。テレワークをはじめ、外界から内界への空間移転はアフターコロナでも継続するでしょう。内界中心の生活空間に欠かせない本は私たちの必須アイテムとなります。「本の復活」が雑誌の見出しに踊る日はそう遠くないのかもしれません。

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