データが示す「努力離れ」
「努力は必ず報われる」──元AKB48の高橋みなみの名言です。かつては一つのことに打ち込む姿勢こそが美徳とされてきました。しかし、そんな「努力至上主義」がいま、大きな転換期を迎えています。
博報堂生活総研の調査によると、「世の中、努力より運・ツキが重要だ」と考える「運・ツキ派」が年々増えています。特に20代ではその傾向が顕著で、努力派を運派が上回る「逆転現象」が発生。皮肉にも、高橋みなみが例の名言を残した2011年頃を境に、努力を信じる人の割合は右肩下がりを続けているのです。
「努力派」と「運・ツキ派」の推移(20代)
私は「成功したければ努力しなさい」「一つでもいいから自分が自信を持てるものを持ちなさい」と言われてきた世代です。広く浅く手を付けるのではなく、何か一つのことに集中して努力すれば道は拓かれるという教えです。しかし今の若い世代はそのようには考えません。
- 「努力は報われる」かもしれないがコスパが悪い。
- 最小限の労力で多くのチャンスに触れ、運を味方にして「ワンチャン」を掴むのが勝ち。
このように、今の若者世代にとって、報われる保証のないまま一つのことに時間と労力を投じるのは、極めて「コスパ(対費用効果)」が悪い行為とみなされます。
この背景には、SNSやYouTubeの普及があります。画面の向こう側で、要領よくチャンスを掴み、若くして高額な報酬を得るインフルエンサーたちの姿。彼らを日常的に目にしていれば、「地道にコツコツ」よりも「スマートに立ち回って運を掴む」ことが、より現実的で自然な生存戦略に見えるのでしょう。
「運・ツキ派」の正体
では運・ツキ派の人の心理状態はどうなっているのでしょう。「努力はつらい、運・ツキは楽」という単純な二元論では、今の若者の心理は読み解けません。彼らが運を重視する背景には、現代社会特有の構造的問題があります。
昭和の「楽観」と現代の「悲観」
1960年代の高度経済成長期、植木等の「そのうち何とかなるだろう」という歌が流行しました。この歌には、必死に努力するより適当に手を抜いて気楽に生きていこうというメッセージが込められています。当時は右肩上がりで、適当に何とかやっても本当に「そのうち何とかなった」時代です。当時の運・ツキ派は、社会への信頼に基づいた「楽観的な運・ツキ派」といえます。
しかし現代は真逆です。ネットから流れる大量の情報が「脱落の恐怖」を煽り、一つに集中して努力する余裕を奪っています。今の運派は、期待よりも諦めに近い感情を抱く「悲観的な運・ツキ派」です。「そのうち何とかならない」世界に生きているのが現代の若者なのです。
コスパ・タイパは「生存のための必須スキル」
現代の「悲観的な運・ツキ派」の行動は「コスパ・タイパ」です。膨大に増え続ける仕事やタスクに対し、一つずつ誠実に努力していては身が持ちません。思考を省き、ツールを駆使して「とにかくこなす」しかないからです。
タイパで仕事をこなす
仕事の現場では、コンプライアンスやリスク管理といった付随業務が激増しています。組織の専門分化が進んだ結果、他部署からの依頼は断れず、仕事量は膨らむ一方です。
仕事量が多いなら減らせばよいのですが、そう簡単にはいきません。今の企業組織は専門分化されているため、他部署からの依頼は断りにくい構造になっているからです。部分最適の集合体となった企業組織の仕事量は増え続ける運命にあります。
この状況で「努力」をまともにぶつければ、メンタルが崩壊しかねません。だからこそ、人々は思考を止め、自動化ツールや効率化を駆使して「コスパ・タイパ」で仕事をさばくようになります。コスパ・タイパは、もはや生存のための必須スキルとなっているのです。
教養までもタイパ化
コスパ・タイパは教養分野にまで広がっています。本来、教養とは時間をかけて自分を耕すものですが、「身に付けるべきスキルが多いのに時間がない」と焦る現代人にそのような時間の余裕はありません。
- 「すぐ役立つ」「もう悩まない」と銘打たれたビジネス書の数々
- 数分でビジネス書や古典を解説するYouTube動画の乱立
これらが支持されるのは、教養を「人生の豊かさ」ではなく、「ビジネスで即戦力となる道具」とみなしているからです。現代人がそれだけ追い詰められている証拠です。
ワンチャン頼みの限界
「VUCAの時代(Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧さ)」と言われるように、現代は先行き不透明な時代です。どっちに転がるかわからないなら、「コスパ・タイパで広く浅く手を広げてワンチャンを待つ」。こう考えるのもわからなくはありません。しかし、そこには見落としがちな盲点があります。
「努力の蓄積」が運の質を変える
- 必死に努力した人に巡ってくる運
- タイパ重視でたまたま訪れた運
同じ「運」でも、その重みは全く違います。
前者の運は本物の成功につながります。メジャーリーグで大活躍中の大谷選手は、少年時代から求道者のように野球のことだけを考えてトレーニングを積んできたそうです。その中で高校時代の佐々木監督やプロ野球の栗山監督といった優れた指導者に出会う幸運に恵まれ、そのチャンスをモノにしたわけです。「努力は報われる」は大谷選手のためにあるような言葉です。
一方、タイパで手に入れた後者の運は適当に蒔いた種のうちの一つが「たまたま当たった」類のものです。役立ちそうな教養本を流し読みしてうまく立ち回った結果、昇進した。そうした人もいるかもしれませんが、中身が伴わない昇進や成功は長続きしません。そもそも教養は「役に立つかどうか」で身につくものではありません。上っ面の教養では部下も付いてこないでしょう。
ビジネスはギャンブルではありません。ワンチャン頼みの成功が長続きしないのは歴史が語っています。不確実な海を泳ぎ切るには、「努力に裏打ちされた本物の実力」が必要ということです。
効率を捨てる勇気「ノリの悪さ」の重要性
ワンチャン頼みの成功は長続きしない。ネット社会によって運が及ぼす影響が大きくなっているとはいえ、努力の重要性は今も昔も変わらないということです。そうした意味で、近年の努力派の減少は深刻に受け止めるべき事実です。
では日々の膨大な情報に振り回されることなく、地道に努力を続けるにはどうしたらよいのでしょう。哲学者の千葉雅也氏は著書のなかで、深く勉強するというのは「ノリが悪くなること」と語っています。
「夢中になれるもの」を見つける
もっとも、意識して「ノリを悪くする」のは至難の業です。そこで鍵となるのが「夢中になれるもの」を見つけることです。
意識してノリを悪くするのが難しいのであれば、「気付いたらノリが悪くなっている」状態になればいいわけです。人は「何かに夢中になっている」とき、タイパという概念すら忘れています。大谷選手は野球に関係ないことにはあまり関心がないそうです。それは彼が自制心があるからということではなく、純粋に野球に「夢中になっている」からです。
買い物でも、Amazonのリコメンドに従ってポチっとするより、夢中になって情報を調べ、その商品のファンになってから購入するほうが高い満足度が得られます。
何かに夢中になっているとき、時間はあっという間に過ぎます。コスパやタイパを優先する生き方は、一見スマートですが、心は常に「この程度でいいか」という中途半端な満足感で終わります。情報の波に流され、誰かが決めた「ワンチャン」を待つよりも、時間を忘れるほど夢中になれるものを見つけること。それこそが、運を味方につけ、豊かな人生を切り拓く唯一の道ではないでしょうか。
時間とは、生きるということ、そのものなのです。そして人のいのちは心を住みかとしているのです。人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそっていくのです。
ミヒャエル・エンデ「モモ」より