せっかく地域で稼いだお金が、バケツの底が抜けたように外へ流れ出てしまう――。今、多くの自治体を悩ませているのがこうした「ザル経済」です。お金の流出は地域内の格差を広げ、住民の活力をも奪いかねません。この悪循環を断ち切るために何が必要か、現状の診断と解決のヒントを考えます。
8割の自治体が「所得を自給できていない」
「インバウンドブームで観光客は目に見えて増えているのに、地元の旅館や飲食店の収入は増えていない」──お金が地域の外に漏れていく地域が増えています。
こうしたザル経済はどこまで広がっているのでしょう。地域経済の健全さを測る指標に「地域経済循環率」があります。これは、地域内で生み出された利益(付加価値)が、どれだけ所得として地域に留まっているかを示すものです 。
循環率の数値をみると、全自治体の約8割が100%を切っています。特に深刻なのは、所得の半分も自力で稼げていない循環率50%未満の自治体です。全体の1割近くが重度のザル経済状態にあるのです。足りない分は、交付金、補助金、社会保障費など財政の再配分で補わざるを得ないのが実情です。
全国市区町村「地域循環率」の分布(2022年)
なぜお金が「漏れて」しまうのか?
では一体どこからお金が漏れているのか。「生産」「分配」「支出」の3つの側面からみると、その構造が見えてきます。
【生産面】稼ぐ力と調達力の弱さ
地域からお金が漏れていく構造を産業活動である「生産面」から捉えると、「稼ぐ力の弱さ」と「域内調達力の弱さ」という2つの構造問題が浮かび上がります。
1.低付加価値な産業
地域の産業が生み出す付加価値(利益)は、地域経済の「源流」です。源流の水が多いほど本流に流れる水量も豊富になる──域内でお金が回りやすくなります。その付加価値をどれだけ生み出せるかが「稼ぐ力」です。稼ぐ力が弱いと賃金が上がらず(十分な水が住民まで届かない)、足りない分を補助金などで埋めなくてはいけなくなります。
例えば、地域で獲れた農産物や資源を加工せずに、そのまま域外へ出荷するようでは稼ぐ力が弱いと言わざるを得ません。最も利益が出る「加工・ブランディング」という高付加価値部分を域外に依存しているからです。
2.域外依存が多い
生産活動を行うには、原材料、エネルギー、専門サービス(広告、ITなど)といった「中間投入」が必要です。この調達先が域外に偏っていると付加価値(利益)が削られて地域にお金が残らなくなります。
例えば、離島のように物理的に「外から買わざるを得ない」ものが多い地域では、地元の企業が売上を上げても、その経費の多くが域外の企業に支払われるため、地域内でお金が循環しなくなります。
【分配面】利益が住民に届かない
「分配面」から見たお金の循環とは、「地域内で生み出された付加価値が、誰の手に渡り、どこへ流れているか」ということです。以下のような分配面の問題があると、地元企業がどんなに稼いでも地域住民にお金が回ってきません。
1.ストロー現象
大企業の工場や大手チェーン店など域外に本社がある場合、地域で発生した利益の多くは域外の本社に流れてしまいます。域外に利益が流出する状態を「ストロー現象」と呼びます。
インバウンド客で盛り上がっている地域でも、莫大な観光消費の多くが外資系ホテルや海外の予約サイト、大手旅行代理店へと流れているケースは少なくありません。
2.居住地の問題
働いている人々に支払われる「給料」の面でも、お金の漏れが発生します。 地域内の事業所に勤務していても、従業員の多くが域外に住んでいる場合、支払われた給与は域外の居住地へ持ち帰られ、そこでの消費に回ってしまいます。
最近は経営層や専門職(コンサルタント等)を域外から派遣・招聘しているケースが多く、高い報酬がそのまま域外へ流れていきます。地域に稼げる人が来ても、域内に住んでいなければ高所得層が育たず、地域全体の所得水準が停滞します。
【支出面】出口でお金が漏れる
「支出面」から見たお金の循環とは、「地域内で得られた所得が、最終的にどこで消費・投資されているか」という問題です。生産や分配がうまくいっていても、以下のように、最後に出口(支出面)で域外にお金が逃げてしまうと、地域内での循環はストップしてしまいます。
1.地元で買い物をしない
住民が生活必需品やサービスを購入する際、その支払先が域外であるとお金が地域から漏れていきます。地元の小売店ではなく、隣町の大型商業施設やチェーン店での買い物が中心になると、支払った代金は即座に域外へ流出します。
特に最近はECの拡大が支出の漏れに拍車をかけています。ネットショッピングの普及により、地域内の店舗を介さずに直接都市部や海外のプラットフォームへ資金が流れる構造が加速しています。
2.地元に投資されない
将来の生産性のための「投資」においても漏出が発生します。地域の公共事業や企業の設備投資において、受注するゼネコンやメーカーが域外企業ばかりであれば、投資された資金の大部分は資材費や人件費として域外へ流れます。
金融面においても、住民の預金が地元の金融機関を通じて地元の事業者に融資されるのではなく、金融市場(株式や国債等)に流れてしまうと、支出面での循環を阻害します。
「ザル」の穴を塞ぐ戦略とは
何を域内で循環させ、何を域外に頼るか
大切なのは、「何を域内で循環させ、何を域外に頼るか」の冷静な見極めです 。かつて第三セクターが失敗を重ねたように、無理な循環率の追求はかえって財政を悪化させ、住民の生活を圧迫させます。
- 給食食材を域内産に限定した結果、天候不順時に代替品確保が遅れて栄養バランスを欠いた献立になる。
- 域内産にこだわることで価格が高騰し、住民が隣町のスーパーに流出したりする。
こうした事例は枚挙に暇がありません。これらはすべて「何を域内で循環させるか」の見極めを誤ったことによります。
「高付加価値」産業を育てる
「何を域内で循環させるか」が決まったら、そのために必要な産業を育てなくてはいけません。高付加価値な産業を育てるためには、以下のように、「域外から外貨を稼ぐ力」と「域内で価値を循環させる力」を同時に高める必要があります。
「比較優位な価値」を追求
価格競争に巻き込まれないためには、地域の歴史、文化、職人の技術などをストーリー化して付加価値を高める必要があります。他の地域ではなくその地域でしか提供できないような「比較優位な価値」の追求です。
高付加価値を生むのは「人」です。リモートワーカーや専門職が地域に住み着き、地元の事業者と交流する場を作ることで、新しいビジネスアイデアが生まれる土壌を耕すことも重要になります。
域内調達への切り替え
域外に支払っているコストを、地域内の新しい産業に置き換えます。例えば、域外の電力会社に支払っていたエネルギーコストを、太陽光・小水力・バイオマス発電など域内調達に切り替えます。
さらに、原材料をそのまま売るのではなく、加工や販売までを地域内で完結させることで、これまで域外に流れていた加工賃や流通マージンを地域内に留めます。
「住民(高齢者)」を主役にする
地域における循環経済の主役は「住民」です。企業誘致や外部の専門家に依存するのではなく、地元の資源を活かし、地域独自の付加価値を高めていくには、地元のストーリーを知る住民の存在が欠かせません。
地方では急速に高齢化が進んでいますが、地域循環ではこれを好機と捉える必要があります。高齢者が仕事を通じて「役割」を持つことは自尊心を高め、孤独感の解消につながります。結果、「寂しさからの通院(サロン化)」が減り、認知症予防や身体機能の維持といった健康増進効果も期待できます。
また、高齢者の所得は生活圏内で消費される傾向が強いため、域外への支出漏れも抑制されます。医療費抑制で浮いた財政資金を地域振興や福祉へ再投資することで、より多層的な経済循環を生み出すことも可能です。
【成功事例】徳島県上勝町の「葉っぱビジネス」
高齢者を巻き込むことで循環経済を実現した地域があります。徳島県上勝町です。人口約1,300人、高齢化率50%を超える同町の経済を支えるのは、季節の葉や花を料理の「つま」を栽培・販売する「葉っぱビジネス(彩事業)」です。
特筆すべきは、これが単なる福祉活動ではなく、自立したビジネスである点です。山に自生する「原価ゼロ」の葉っぱを高級素材「つまもの」に結びつけることで、極めて高い利益率を誇る高付加価値型のビジネスに昇華させているのです。
地元の山を知り尽くした「目利き力」と丁寧な「手作業」が求められる葉っぱビジネスはまさに高齢者向きの仕事です。さらにITの活用がこの循環を加速させています。高齢者がパソコンやタブレット端末を使いこなし、市場ニーズや自身の売上順位をリアルタイムで把握することで、高いモチベーションを維持しています。
この稼ぐ仕組みはダイレクトに高齢者の健康増進につながっています。上勝町の後期高齢者一人当たり医療費は約77万円と、徳島県平均(約89万円)を大きく下回っています。デジタル端末を操り、山を歩き、指先を使う。この一連の経済活動が認知症予防や身体機能維持となって機能しています。上勝町の高齢者は、「守られるだけの存在」ではなく、地域経済を回す強力な「エンジン」となっているのです 。
【まとめ】目指すは「経世済民」
「ザル経済」から脱却し、真の「経世済民(世を治め、民を救う)」を実現するためには、以下3つのサイクルを同時に回すことが不可欠です。
- バケツに水を溜める(生産):「高付加価値化」と「域内調達」によって、地域に落ちる利益を最大化する。
- 住民に水を行き渡らせる(分配):域外への利益流出を抑え、地域に住み、地域で働く人を増やすことで、生み出した利益を住民の所得として定着させる。
- 地域内で水を飲む(支出):ECサイトや域外店舗への依存を減らし、地域内で消費や投資を行う。
「稼ぐ力」と「回す仕組み」を両立させる──。徳島県上勝町の事例が示すように、経済活動が住民の生きがいや健康増進に直結したとき、地域は持続可能な発展を遂げることができるはずです 。