街の本屋がどんどん消えています。ネット通販と電子書籍が台頭する中、街の本屋が生き残る道はあるのでしょうか。ここ数年で増え始めた個性派書店などを参考にしながら考えます。 |
書店はピーク時の5分の1に
「書店の数が減少している」と聞いて驚く人はあまりいないでしょう。しかし、
「書店数はピーク時の5分の1に減った」
と言われると「そこまでひどいのか」と感じるのではないでしょうか。商業統計(経済産業省)を基に確認すると、1988年に約28,000店あった書店数は2016年には5分の1の約6,000店まで急減、30年間で坂道を転げ落ちるように減っているのです。
書店数が急減する中で起きているのが「店舗の大型化・集約化」という現象です。1店舗当たりの売り場面積をみると、1972年の47㎡から2016年は474㎡まで10倍に拡大しています。
「書店数の急減」「書店の大型化」が物語っているのは、「街の本屋さんがどんどん消えている」という事実です。
近所にあった街の本屋がどんどん消えていくなか、生き残っている本屋はどんどん大型化しています。本を買う場合は、遠くの大型店に行くかネットで購入するしかなくなり、結果的に本を買わなくなった人も多いようです。
書店数と店舗当たり面積の推移
ただ本を並べても売れない時代
ではなぜ街の本屋が次々と消えていくのか。よく言われる「本離れ・活字離れ」が背景にあるのは確実です。しかし本離れ・活字離れは大型書店を含む書店業界全体が影響を受けています。街の本屋さんが消えていく大きな背景は以下2点に集約できます。
- ネットの台頭で「本を並べておけば売れる時代」が終焉
- 環境変化に対し「売り場のアップデート」をしてこなかった。
書店が身近になかった時代、街の本屋は本を手に入れることのできる貴重な空間でした。私が育った田舎では本を手に入れたければ町で唯一の本屋に行くしかありませんでした。本屋は「売れ筋の雑誌や書籍を多く仕入れ、店頭に並べておけば自然に本が売れた時代」だったわけです。
しかしその後、コンビニなど書店以外でも本や雑誌が買えるようになると、本を並べておけば売れる時代は大きな曲がり角を迎えます。これにとどめを刺したのがネット通販・電子書籍。今やネット経由(電子書籍含む)の販売割合は約4割に達しており、書店での販売割合は5割に満たない状況です。
購入ルート別の書籍販売割合
街の本屋が「本を並べて売る」ビジネスモデルでアマゾンや大型書店に対抗できる道はありません。しかし街の本屋の多くは「本を並べて売る」モデルから別の道を探せないまま閉店を余儀なくされています。町の喫茶店が「コーヒーを出せばお客さんがくる時代」から脱却できないまま閉店ラッシュを迎えた姿とどこか似ています。
消費者は街の本屋に何を期待するのか
圧倒的な品揃えと利便性を提供するアマゾンのような巨人が登場した以上、今までのやり方で立ち行かなくなるのは明白。街の本屋が生き残るにはアマゾンにはない価値を見つける以外ない──消費者をじっくり観察すればヒントがみえてきます。
消費者はどんなときに本屋に足を運ぶのか
消費者がアマゾンで本を購入するときの心理状況はこんな感じではないでしょうか。
- 読みたい本がすでに決まっている
- 自分の好みに合った本が欲しい
- 忙しいので早く本を購入したい
このように「読みたい本が明確」「時間をかけず効率よく購入を済ませたい」ときにアマゾンを利用することが多いのではないでしょうか。アマゾンは過去にユーザーが読んだ本のデータをもとにリコメンドしてくれます。自分の好みに合った本を手に入れたいときは最適なサービスです。
では、わざわざ書店まで足を運ぶのはどんなときでしょう。
- 欲しい本がわからない
- 普段は手にすることのない未知の世界を知る本に出会いたい
- 休日なのでいろいろな本を眺めながらゆっくり本選びをしたい
こうしたとき、私たちは家から出て近所の本屋まで足を運ぶのではないでしょうか。普段の自分ではまず選ばないような本に出会うワクワク感がそこにあります。
ユーザーの過去の行動パターンという連続性の中で最大の便益を提供するアマゾン。これに対し、過去の行動パターンにはない非連続性の中で不便益を提供するのが街の本屋の強みです。
イチローは引退時に「近頃の野球は(理屈通りになっていくから)面白くなくなった」と語っています。アマゾンは過去の行動に基づく「理屈」が支配するモデル、街の本屋は今の行動に基づく「体験」が支配するモデルです。イチローに言わせるとアマゾンのビジネスモデルは「面白みがない」と映るでしょう。
書籍支出額は平日より土日祝日が多い
このように消費者には、欲しい本を手っ取り早く手に入れたいときと(利便性・機能性)、知的好奇心に導かれながらゆっくり本選びを楽しみたいとき(情緒性・感性)があります。前者はアマゾンの圧勝ですが、後者はまだ手つかずの未開拓市場です。
私はゆっくり本選びや読書を楽しみたい消費者は意外と多いと感じています。下のグラフにあるように家計調査で平日と土日祝日の月次書籍支出額を比較すると、どの月も平日より土日祝日の支出金額が多いのがわかります。
平日と土日祝日の月次書籍支出額(2021年)
忙しい平日より、時間に余裕のある土日祝日に本を購入する人が多い
家計調査のデータは、土日祝日に本屋でゆっくり本選びをしながら気に入った書籍を購入する人が多いことを示しています。ここに街の本屋が目指すヒントがあることは明白です。
目指すは「未知の読書体験」
消費者が本を選ぶときの状況について、「時間に余裕があるかどうか」「欲しい本が決まっているかどうか」の2軸で整理すると、以下4つのゾーンに分けられます。
- 最短購入ゾーン
- 最短検索ゾーン
- ゆったり読書ゾーン
- ゆったり探索ゾーン
時間がないときに圧倒的に優位なのがネット空間です。事前に欲しい本が決まっているときは、アマゾンで効率よくクリック購入するのがベストです(最短購入ゾーン)。欲しい本がまだ決まってないときは、書評サイトや読者レビューを参考にすれば効率よく本選びができます(最短検索ゾーン)。
一方、時間に余裕があるときは、リアル書店の優位性が高まります。欲しい本が決まっているなら、確実に本を手に入れられるよう品揃え豊富な大型書店に行き、併設のカフェでゆったりと読書を楽しむことができます(ゆったり読書ゾーン)。「自分の知らないジャンルの本を読んでみたい」「楽しい読書体験がしたい」。こうした知的好奇心を満たしたいときは、個性的な街の本屋さんに足を運びます。音楽や家具などを楽しみながら知らないジャンルの本に出会うセレンディピティ(偶然の出会い)が体験できます(ゆったり探索ゾーン)。
本選びの4つのゾーン
言うまでもなく街の本屋が目指すべきは「ゆったり探索ゾーン」です。利便性で突き抜けるアマゾンや品揃え豊富な大型書店からは距離を置いて自主独立路線を進む。有効なのは未知の本に出会うワクワク感や音楽×書籍のような読書体験を味わってもらうような空間です。こうした未知の読書体験を提供する店舗空間を作ることが、街の本屋の新たなポジションになるはずです。
参考になる個性派書店
ではゆったり探索ゾーンで未知の読書体験を提供する書店とはどのようなものなのか。参考になりそうな書店を少し紹介しておきます。
かもめブックス
一つめに紹介するのは、校正・校閲を行う「鴎来堂」が運営する「かもめブックス」です。同店は、街の書店が消えていく事態に危機感を覚えた店主(柳下さん)が2014年にオープンしました。
約41坪の広さで売られる本はすべて店員によって厳選されたもの。ジャンルが偏らないよう「かもめブックスの1週間」と題して、曜日ごとにテーマを決めて本を並べているようです。来店するたびテーマが変わるため、本を買う場所というより「未知の本と出合う場所」といったほうが適切かもしれません。プロの目利きが行き届いた本ばかりですので、安心しながら未知の世界に足を踏み込むことができる。これはアマゾンのレビューからは得られないものです。
DARWIN ROOM(ダーウィン・ルーム)
2つめは、好奇心の森「ダーウィンルーム DARWIN ROOM」。「教養の再生」を理念に選りすぐりの古書と動物剥製などの標本や、研究生活に便利な道具の販売と専門家を招いたリベラルアーツ・カフェを行うかなり個性的な書店です。
店内は新書・古書、図鑑から、鉱石標本や土器・土偶などの考古学模型まで揃っており、完全に書店の域を超えた空間です。アイデアが煮詰まったときや日常から解放されたいときなど、ここにある様々な書籍や自然標本を眺めるだけでよい方向に向かいそうな気がします。
SHIBUYA PUBLISHING & BOOK SELLERS
3つめの個性派書店は「SHIBUYA PUBLISHING & BOOK SELLERS」。私もよく散歩がてら立ち寄るお気に入りの書店です。
同店は「そこで作って、そこで売る」をコンセプトに出版社が併設されています。店内は、手前が本屋で、奥のガラス仕切りの向こうにあるのがオフィス・スペースという作りになっています。本を手に取りながら、編集作業を行うスタッフの姿もみえる。買い手と作り手が同じ空間にいる。「この人たちの手で作られた本なのか」「この人たちが書いたPOPなのか」などと感じながら手に取る本は、不思議と人肌のようなぬくもりを感じさせます。
渋谷〇〇書店
4つめは偏愛書店・シェア型書店として有名な「渋谷〇〇書店」(東京・渋谷区)です。個人が棚主となって店番しながら共同運営する書店です。棚に並んだ書籍はすべて棚主の「偏愛」が詰まった本で、その日の店番がテーマに沿って選書した企画棚もあります。
それぞれの店舗が持つ体験価値を考える
上記で紹介した3店は体験価値の先端を走っている書店です。従来の街の本屋がこれらの書店のようにカフェや出版業を手掛けるのは難しいかもしれません。しかし今のままではアマゾンや大型書店に顧客を奪われることも事実です。
重要な点は、それぞれの店舗が持つ体験価値を考えることです。田舎の本屋は一人一人の顧客の顔をよく知っています。店員と顧客が一緒に地域活動をしていたりするケースもあります。その顧客が興味を示しそうな本が見つかったら、来店時にコーヒーを一緒に飲みながら試し読みをしてもらう。これも立派な体験価値の提供です。都心の個性派書店のような洗練された空間でなくても、それぞれの本屋なりの体験価値は必ず見つかるはずです。