衣服の生地

サステナブル一色のアパレル業界に漂う違和感 -「気付いたらサステナブル」が正解のワケ

【記事のポイント】

  • アパレル業界のサステナブル対応は「やらされ感」がにじみ出ている。
  • 実際には「サステナブルだけで洋服が売れる」わけではない。
    ⇒ サステナブルが目的化している
  • アパレル業界が取り組むべきは「顧客をワクワクさせる・幸せにする商品を作ること
    ⇒ そこから「長く着たい洋服」が生まれる
  • 「長く着たい洋服」の先にあるのがサステナブル
  • サステナブル経営の原点は「ミナ ペルホルン」「パタゴニア」から学ぶことができる。

 

やらされ感満載のサステナブル対応

今や企業の最重要課題となりつつあるのが「サステナブル(持続可能性:Sustainable)」です。

「国連が求めるSDGsの開発目標をどう達成するか」「環境破壊につながる生産活動を止めるべき」等々、新聞や経済紙で「サステナブル」が話題にならない日はないといっていいでしょう。

サステナブルを求める声はここにきてますます強まってきました。米アップルは21年3月31日、同社に納める製品の生産に使う電力をすべて再生可能エネルギーでまかなうと表明したサプライヤーが110社を超えたと発表。達成が危ういサプライヤーは戦々恐々のはずです。

そうした中、最もサステナブルな取り組みが求められているのがアパレル業界です。最近のアパレル業界は「サステナブル一色」です。リサイクルの素材を使って作りすぎを無くし、ゴミとなってでてきたものは再利用する。食物連鎖の絵のようなものを紹介しているアパレル企業もあるくらいです。

アパレル企業にとってサステナブル対応が最重要課題であることに異論はありません。しかし私はアパレル業界のサステナブル対応に強い違和感を感じてしまいます。それは「やらされ感」です。

「作りすぎ」
「環境破壊」
「劣悪な労働環境」

アパレル業界に対するこうした世の中の批判をかわすため、サステナブルを必死にアピールしている。自発的・内発的に行っているのではなく「やらさている」。私にはそう映ります。実際には環境に十分配慮していないのにパッケージやCM等を通じて環境に配慮した商品のようにみせる行為を「グリーンウォッシュ」と呼びます。もちろんアパレル各社の環境対策はみせかけではありませんのでグリーンウォッシュではないのですが、うわべだけで魂が入っていないという意味でグリーンウォッシュ的な印象はぬぐえません。

グリーンウォッシュ的に見えてしまう理由は、取り組みの中に肝心の顧客の姿がみえてこないからです。やらされ感満載でサステナブルをアピールされても当の顧客はそのブランドの洋服をワクワクして購入するとは思えません。「この洋服はサステナブルだから購入した」という人を私はみたことがありません。

サステナブルだけで洋服は売れない

トレンドに逃げるアパレル企業の悪癖

アパレル企業側の心理はどうでしょう。アパレル企業のサステナブル対応にはある種の幻想が見え隠れします。その幻想とは

サステナブルをアピールすれば売上がついてくる

というもの。さすがに「サステナブルをアピールすれば売上がついてくる」と本気では思っていないでしょうが、アパレル業界はトレンドに乗ろうとする商習慣・行動原理があります。「今のトレンドはサステナブル!」と世間が騒げば半ば思考停止状態でバズワードに飛びついてしまうのかもしれません。

しかしです。目の前の重要課題から目を背け、ひたすらリサイクル素材の使用をアピールしても「サステナブルだけで洋服が売れるわけがない」のです。

足りないのは顧客をワクワクさせる「意味的価値」

ではアパレル業界がサステナブル対応に紛れて目を背けようとしている最重要課題とはなんでしょう。それは、

顧客をワクワクさせる・幸せにする商品を作ること

です。顧客をワクワクさせる・幸せにする商品をどうしたら生み出せるか。これはアパレル業界が長年先延ばしにしてきた本質的課題です。

これまでのアパレル業界は洋服の機能性トレンド性を重視してきました。その代表が洋服を「数多く買ってもらう」ことを前提にしたファストファッションです。遠い国の労働力を安い賃金で賄うことでギリギリまでコストを切り詰め、大量生産した洋服を短期間で売り切るためにトレンドを煽って消費者を刺激するスタイルです。ファストファッションは洋服の持つ機能的価値に特化してきました。

しかし洋服の価値は機能性だけではありません。洋服の価値は以下のように「機能的価値」と「意味的価値」の2つで構成されます。

洋服の価値 = 機能的価値 × 意味的価値

洋服の持つ世界観や作り手の思いがストーリーとなって顧客を魅了する。それが意味的価値です。高級ブランドは独自の意味的価値をDNAとして持っていますが、ほとんどのアパレル企業にはそれがないか、顧客にうまく伝わっていないのです。アパレル業界が今取り組むべきこと。それは、

「意味的価値」で顧客をワクワクさせること

です。今のまま機能的価値だけに依存していてはアパレル業界のオワコン化は目に見えています。

「気付いたらサステナブル」が正解

私は顧客をワクワクさせる取り組みの先に自然発生的に生まれるのがサステナブルではないかと感じます。

今のアパレル企業のようにただサステナブル素材をアピールしてもワクワク感(意味的価値)は生まれません。一方、顧客をワクワクさせたいと必死に取り組み、気付いたらサステナブル素材を使っていたというのは十分あり得ます。つまりこういうことです。

  1. アパレル企業(取引先も含む)は「お客さんをワクワクさせる商品が作りたい
  2. そんな熱い思いで作る洋服はお客さんに「長く着てもらいたい
  3. 長く着てもらうには「丈夫で安心・安全な素材」が必要 ⇒ サステナブルな洋服が生まれる

こうしてお客さんをワクワクさせたい気持ちが長く着てもらいたいという気持ちに変わり、結果としてサステナブルな素材を使用した洋服に仕上がるというわけです。 思いのこもった洋服を簡単に廃棄されたら嫌な気分になるでしょう。代わりに自社の別の洋服を買ってもらっても嫌な気分は消えません。つまり「長く着てもらいたい」という思いと大量生産は本来相いれないものです。

顧客側の気持ちはどうでしょう。

顧客が洋服を購入する起点はワクワクな気分になるかどうかです。ワクワクで幸せな気分にしてくれる洋服が実はサステナブル素材を使用していることを「後で知る」。そしてますますそのブランドのファンになっていくのです。「気付いたらサステナブルになっていた」。これがアパレル企業の目指すサステナブル経営ではないでしょうか。

「ミナ ペルホルン」に学ぶ

作り手と使い手の思いが循環する

「気付いたらサステナブル」を地で行くアパレル企業があります。ファッションブランドの「ミナ ペルホネン(mina perhonen)」です。

ミナでは工場の職人たちがブランドと世界観を共有しながら洋服作りを行っています。布の一つ一つには名前がつけられており、そうすることで洋服が生命力を帯びたり性格を持っている感覚を共有する狙いがあるそうです。過酷な環境でマニュアル通りの労働を強いられるファストファッションの工場現場ではこうはいかないでしょう。

作り手の思いが込められたミナの洋服には感情という意味的価値が生まれ、その感情はそのまま顧客に伝わることになります。作り手の思いを感じる洋服は自然に愛着がわいて「長く着たい」と思うはずです。作り手はその思いに応えるためにより一層製品に愛情を込める。作り手の思いと使い手の思いが循環することで、自然とサステナブル経営が実現しています。

「せめて100年」

ミナでは感情と合わせて「時間」も重視します。

設立者の皆川氏は、ブランドを育てるのに自分ひとりが人生で持っている時間だけでは足りないと考え、「せめて100年」と決意したそうです。

長く継続することが大切と考え、「せめて100年」と書いて決意したんです。
100年経った時に、こうあったらいいと想像していることができるように、そして一緒に服を作っている工場も続いているようにと。

皆川明「Hello!! Work 僕らの僕らの仕事のつくりから、つづきかた」より

洋服の機能性は時間とともに劣化していきますが、作り手のストーリーや使い手の感情という意味的価値は時間が経つほど高まっていきます

私が学生の時に学んだ経済学の教科書には「消費者の効用は商品の購入時に最大化しその後は落ちていく」と書かれています(限界効用逓減の法則)。これは商品を機能的価値として捉えているからです。

商品を意味的価値として捉えると経済学とは真逆の結論が導き出されます。洋服を長く身に付けることで、作り手の思いがより実感できる。洋服を着た時の気持ちや光景が記憶として残る。

時間が経てば経つほど価値が増幅されていく

これが意味的価値の特徴です。時間を味方に付けられるのは賞味期限のある食品のような商品にはない洋服の強みです。食品ではいくら生産者のストーリーに共感しても長く手元に置いておくことは出来ません。

洋服は時間を味方につけることができる

それなのに、これまでのアパレル業界は洋服を消費期限のある商品に設定し、トレンドを作りながら商品を数多く売ろうとしていた。「こうした不自然な売り方は継続するはずがない」とミナの皆川氏は語っています。

「パタゴニア」に学ぶ

「DON’T BUY THIS JACKET」

「このジャケットを買わないで」と書かれたこのメッセージは、株価が急落したブラックフライデー当日( 2011年11月25日 )にニューヨークタイムズ紙に掲載された広告です。

広告主は環境保護団体ではありません。今や小売業界の伝説にもなっているこの広告を打ったのは、アウトドアウェアブランドの「パタゴニア」です。

あえて消費者の購入意欲を削ぐようなこのメッセージには大きな意味的価値が込められています。同社が依然として廃棄物を生み出し、CO2を排出している事実を踏まえ、気候変動を抑えるには、

「消費を減らす以外ない」

と訴えているのです。購入自体を減らし、もっと補修や修繕をして「長く着続けよう」と呼び掛けているわけです。

腹をくくってこの自虐的とも言えるメッセージを出したことでパタゴニアの業績はどうなったでしょう。

2018年に約10億ドルを売り上げるグローバル企業に成長したのです。

自社製品に込めた意味的価値が見事に消費者に刺さった好例と言えるでしょう。

立ちはだかる取引構造の壁

作り手の顔がわからない

ミナやパタゴニアの例が示すように、アパレル業界は機能的価値から意味的価値への大転換を進めない限り、顧客を幸せにする洋服は作れません。結果として「気付いたらサステナブル」も手に入れることができません。このことを強く認識すべきです。

しかし今のアパレル業界が「気付いたらサステナブル経営」を手に入れるのはそう簡単ではなさそうです。長い間、効率性と機能性を重視しすぎたせいで、こびりついた垢を取るのは容易ではないからです。こびりついた垢とは、

トレーサビリティーの低さ

です。食品業界の場合、生産者が誰でどのようなルートで顧客の食卓に届いているかトレースすることはそれほど難しいことではありません。コーヒー豆は生産者の顔や畑の場所まで特定でき、これがブルーボトルコーヒーなどサードウェーブ系のコーヒー店を生む素地になっています。

ところが一般にアパレル業界では上流から下流まで誰がどのように関わっているか把握することが困難です。ユニクロなどの大手は取引先工場リストを公開するなどトレーサビリティーへの取り組みを強化していますが、大半のアパレル企業はやろうとしてもできない状況なのです。

トレースしようとしてもできない。その 理由は「商社」の存在にあります。

日本のアパレル企業の多くは商社から完成品を仕入れます。OEM(相手先ブランドによる生産)やプライベートブランド(PB)の製造を委託した工場でも、原料となる製糸の調達や染色などの工程は委託先の工場や商社などが担い、アパレル企業は追うことができないのです。流通構造が川上と川下で分断され、川上でも分業が行われているという複雑な構造になっています。

スティーブジョブズはiPhoneの製造で製造工場まで出向いて細かな注文をすることで有名でしたが、こうしたことは今のアパレル企業にはできないのです。

それでも地道にやるしかない

アパレル企業が複雑な取引構造という垢を取り除いていくのは簡単なことではないでしょう。しかしショートカットはない以上、やることはシンプルです。それは、

作り手と使い手が思いを共有できる洋服を作ること

です。作り手同士が思いを共有することが出発点となる以上「顔もわからない」業者とは取引できなくなります。

ミナのように思いを共有できる作り手が集まればそこには自ずと意味的価値が生まれ、そこからにじみ出るように「サステナブル」な行動が生まれてくるはずです。

小手先ではなく、胸を張って顧客を幸せにする洋服を実直に作る。アパレル業界の再生はこれ以外ないと思います。